腰痛は介護職員にとって切っても切れない症状です。ご利用者様を毎日何人も介助するため、腰への負担は日々積み重なっています。この腰痛を放置していると、やがて腰椎椎間板ヘルニアに発展する可能性があります。
「ヘルニアになったら介護の仕事はできないかも…」
「今からでも悪化しないように対策したい」
このように考える介護職の方もいるのではないでしょうか。
ヘルニアと診断されても、介護職の継続は可能です。職場の理解が得られれば、これまでよりも負担が軽くなり、働きやすくなるでしょう。
本記事では、腰椎椎間板ヘルニアの対策や発症後におこなう5つのステップを解説していますので、腰の痛みで仕事に不安がある方は読んでみてください。
この記事の内容
腰椎椎間板ヘルニアとは
腰椎椎間板ヘルニアは、背中の骨と骨の間にある椎間板が突出し、脊髄の神経を圧迫する病気です。発症すると、腰や足の強い痛み、しびれ、さらに筋力低下などの症状が現れます。
腰にかかる負担や加齢、同じ姿勢をとり続けることなどが原因です。
また、体重の増加も関係しており、適切な運動習慣や健康維持がヘルニア予防に繋がると考えられます。
一般的に、30~50歳ごろの発症が多いと言われていますが、10代や20代の人にも発症するケースがあります。
介護業務でヘルニアを発症する原因
介護職員が業務でヘルニアを発症する原因には以下のようなものが挙げられます。
1つずつ順番に見ていきましょう。
移乗介助
移乗介助は介護職員がヘルニアを発症する原因のひとつです。
ご利用者様の状態によっては、介護職員がご利用者様の全体重を支えるケースもあります。
車いすからベッド、トイレの便座から車いすなど、ご利用者様の移乗時に腰への負担を感じる方もいるでしょう。
ヘルニアを避けるには決して無理をせず、ご利用者様も介護職員も安全な移乗動作をおこなわなければなりません。
入浴介助
入浴介助もヘルニアの原因となります。
入浴形態によって、介護職員は中腰になったり立ち上がったりを繰り返します。そのときに激しい痛みを感じ、ヘルニアと診断されるケースもあります。
【筆者の体験談】
椅子に座るご利用者様の足を洗うためにしゃがんでいましたが、立ち上がった瞬間に激しい痛みが走り、しびれも出てしまいました。
何気ない動作がヘルニアの原因となるケースも少なくありません。
排泄介助
排泄介助も介護職員の腰に負担がかかります。
ご利用者様の身体や認知面の状態によって排泄介助の方法や介助量が変わるためです。
【排泄介助で腰を痛めたときの例】
半身麻痺のあるご利用様のトイレ介助で、ふらつきや転倒に注意しながら動作をサポートしました。
その際、中腰の姿勢が続き腰痛のきっかけになりました。
ご利用者様に安心していただくためにも、介護職員は無理のない態勢で介助する必要があります。
体位交換
ヘルニアは、ベッド上での体位変換など、一見負担が軽そうに見える動作でも発症する可能性があります。体位変換は他の介助動作よりも短時間で済みますが、頻繁におこなうため、腰への負担が蓄積しやすいためです。
介護職員は大柄なご利用者様を抱きかかえるようにして体位変換をおこなう場合があり、腰や背中に大きな負担がかかります。
筋力に頼って無理な体勢をとってしまうと、腰に過度な負荷がかかり、椎間板ヘルニアを引き起こすリスクが高まるでしょう。
更衣介助
軽い作業のように思える更衣介助ですが、実は腰に負担がかかります。
ご利用者様の服を着脱する際に、中腰の姿勢を続けたり、ベッドの高さを調整しないまま、低い位置で寝たきりのご利用者様の着替えをおこなうと、腰を痛める原因になるのです。
ベッドの高さを一番低く設定しているご利用者様の着替えをおこなう際、介護職員は介助しやすいようにベッドの高さを調整する必要があります。
しかし「着替えだけなら大丈夫だろう」と考えてこの手順を省くと、かなり腰を丸めた姿勢になるため、痛みが出てしまうかもしれません。
介護職員が腰椎椎間板ヘルニアを防ぐ5つのポイント
介護職員は腰痛が職業病とよく言われますが、日々身体を使う仕事だからこそ意識的に腰痛の予防策を取る必要があります。
腰痛を放置していると痛みが強まり、ヘルニアに発展するケースもあるためです。
以下の点に留意し、毎日の業務に取り組みましょう。
【ヘルニアを防ぐポイント】
- ボディメカニクスを実践する
- 福祉用具を利用する
- 他のスタッフよと一緒に介助する
- ご利用者様の残存機能を活かす
- 筋トレやストレッチを習慣にする
順番に解説していきます。
ボディメカニクスを実践する
ボディメカニクスは、介護職員の身体的な負担を軽減し、効率的に介助をおこなうための技術です。骨や筋肉、関節が動作する際の力学的関係を活用しています。
以下に、ボディメカニクスの8つの原則をまとめました。
基礎的な内容ですが、腰を痛めないためにあらためて確認しておきましょう。
8つの原則 | 内容 | |
大きな筋肉を使う | 太ももやお尻などの大きな筋肉を使い、腰や腕など小さな筋肉にかかる負荷を減らす | |
水平に移動させる | ご利用者様を持ち上げる・下ろすといった「縦」の移動ではなく、水平移動で「横」の動きを意識する | |
てこの原理を利用する | ご利用者様のお尻や肘を支店にして、上体を起こすときに遠心力を利用する | |
支持基底面を広くする | 足を肩幅に開き、前後または左右にずらして立つと安定した姿勢を保てる | |
身体を小さくまとめる | ご利用者様に腕や膝を曲げて丸くなっていただく | |
足先を動く方向に向ける | 足先を動きたいほうへ向けると、スムーズに体重移動できる | |
ご利用者様との 距離を近づける | ご利用者様と介護職員の身体を密着させるとお互いの重心が近づき、安定感が増す | |
重心を低くして 骨盤を安定させる | 膝を曲げて腰を落とし、重心を低くすれば、安定した姿勢を保てる |
福祉用具を利用する
福祉用具を使用すると軽い力で介助できるため、介護職員の負担を大幅に軽減できます。
【福祉用具の利用例】
- リフト…人力に頼らず安全に移動や入浴ができる
- スライディングボード…座ったままベッドから車椅子に座っていただく
- スライディングシート…ベッドからストレッチャーに寝たまま移動できる
適切な福祉用具を活用できれば、介護職員の腰痛を防ぎ、ヘルニアのリスクを抑えられるでしょう。施設によって福祉用具の充実度は変わるため、取り入れたい場合は職場全体で検討してみるのがおすすめです。
他の介護職員と一緒に介助する
ご利用者様の状態によっては、ひとりの介護職員だけでは安全な介助が難しい場合があります。2人以上で介助すれば安全性が高まるうえ、介助に要する力も少なくなるため腰への負担は小さくなるでしょう。
例えば、ご利用者様をベッドから車いすへ移乗するケースです。
1人で介助する際、ご利用者様を抱え上げたとき腰に大きな負担がかかります。しかし、1人が利用者の上半身を支え、もう1人が腰部や臀部を支えれば、安定した介助が可能です。
職員同士の連携を強め、協力体制を整えましょう。身体への影響を抑えて長く介護の仕事を続けられます。
ご利用者様の残存機能を活かす
介護職員がヘルニアを予防するには、ご利用者様の残存機能を活かすことも大切です。
介助する際、ご利用者様が自分でできることをしていただくと、介護職員の腰にかかる負担が軽くなります。
具体的な例は以下のとおりです。
【ご利用者様の残存機能を活かす例】
- 入浴時、可能な範囲で身体を洗ってもらう
- トイレの際、自分でズボンを上げ下げしてもらう
- 車椅子からベッドに移るとき、ベッド柵を掴んで立ち上がってもらう
ご利用者様がもつ能力を活用すると、介護職員のヘルニア予防だけでなく、ご利用者様の自立支援にも繋がります。
筋トレやストレッチを習慣にする
筋トレやストレッチで筋力や柔軟性を上げるのもヘルニア予防に有効です。
そもそも腰の痛みは、腰部や周辺の筋肉が緊張して起こります。ストレッチをおこない柔軟性を高めると、血流が改善され筋肉の緊張が和らぎます。
また、筋トレは体幹の安定や姿勢改善に効果的です。全身の筋力が高まれば、腰にかかる負担が分散されるためヘルニアのリスクが抑えられるでしょう。
腰椎椎間板ヘルニアと診断されたときの5ステップ
本章では、腰椎椎間板ヘルニアと診断された際に取るべき行動を5つのステップに分けて紹介します。
【腰椎椎間板ヘルニアと診断されたときの5ステップ】
- 職場に報告する
- 業務内容を見直す
- 医療機関で治療する
- 必要に応じて休養する
- 転職を検討する
順番に見ていきましょう。
1.職場に報告する
腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けたら、速やかに職場の上司に報告しましょう。
病気を隠して働いていても症状は改善しませんし、ケアの質が落ちる原因にもなるからです。
痛みを抱えたままこれまでと同じような働き方をしていると、介助に影響が出る可能性があります。
例えば、移乗動作でご利用者様をうまく支えられない場合、転倒に繋がるかもしれません。
ご利用者様の安全を守るためにも、医師の診断結果は早めに報告しましょう。
2.業務内容を見直す
職場への報告が済んだら、現在の業務の見直しです。負担が大きな業務の場合、他の介護職員に協力を仰ぐ必要があります。
大柄なご利用者様の移乗や排泄介助、大人数の入浴介助などは、腰の負担がかなり大きい業務です。職場の同僚に症状を説明したうえで業務内容を精査し、負担の大きい業務はフォローしてもらうようにしましょう。
そのぶん、レクリエーションの準備や環境整備など、比較的動きの少ない業務は率先しておこない、周囲の負担を減らす意識が大切です。
3.医療機関で治療する
悪化を防ぐため、しっかり治療しましょう。
腰椎椎間板ヘルニアの治療法には保存的治療と手術があり、手術は症状が重い場合におこなわれます。
種類 | 治療内容 | ||
保存的治療 | ・安静にする ・鎮痛薬を飲む ・コルセットを巻く ・牽引などの理学療法 ・ブロック注射を打つ | ||
手術 | ・手術用の顕微鏡や内視鏡を使って、突出したヘルニアを取り除く |
中には、まったく治療を受けずに数ヶ月で痛みが治まる方もいます。
しかし、介護職員の場合は絶えず身体を動かす仕事をしているため、できるだけ早い段階で治療するのがおすすめです。
4.必要に応じて休養する
痛みの程度によっては、業務に支障をきたす場合があります。職場に報告し、業務を見直しても痛みがつらく動きにくいときは、しばらく休養する道も検討してみてください。
我慢して仕事をしていても、以前のような動きができなければご利用者様にじゅうぶんなケアを提供するのが難しいでしょう。業務が滞れば、痛みの辛さだけでなく気持ちも落ち込んでしまいます。
ご利用者様だけでなく、自分の心身の健康も守るために休む選択もあります。痛みが強く仕事に影響が出そうと感じたら、上司に相談してみると良いでしょう。
5.転職を検討する
職場のフォローがあっても業務が進みにくかったり、休みを取っても症状が改善しない場合は、転職を検討してみましょう。
ヘルニアだからといって、介護職そのものを辞める必要はありません。
「身体の負担が軽くなる職場を探す」と考えてみてください。
介護職員が多く在籍する施設や、介助量が少ないご利用者様が多い施設なら、腰への負担を抑えて働きやすくなる可能性があります。
【筆者の体験談】
要介護度が高い人が多いデイサービスで、介護職員兼生活相談員として勤務していました。
長い間腰痛を放置していたある日、立っていられないほどの痛みが現れ、整形外科で腰椎椎間板ヘルニアと診断されました。
管理者に相談したところ、介護業務から外せないと言われたため転職を決意。在職中に転職エージェントを利用し、介護業務が少ない施設への転職を実現しました。
自分ひとりでは、なかなか転職に踏み切るのも勇気がいりますよね。
転職エージェントは、転職に迷う方のご相談にも対応してくれます。ヘルニアに苦しんでいる状況や、介護職に対する考えを伝えると適切なアドバイスがもらえるでしょう。
介護職員のヘルニアは労災になる?
介護職員の腰椎椎間板ヘルニアは、労災認定される場合もあります。ただし、医師の診断が必要です。
厚生労働省では、腰痛を労災認定できるか判断するための「業務上腰痛の認定基準」を定めています。
災害性の原因による腰痛 | 災害性の原因によらない腰痛 |
負傷などによる腰痛で、次の①、②の要件をどちらも満たすもの ①腰の負傷またはその負傷の原因となった急激な力の作用が、仕事中の突発的な出来事によって生じたと明らかに認められること ②腰に作用した力が腰痛を悪化させ、または腰痛の既往症・基礎疾患を著しく悪化させたと医学的に認められること | 突発的な出来事が原因ではなく、重量物を取り扱う仕事など腰に過度の負担がかかる仕事に従事する労働者に発症した腰痛で、作業の状態や作業期間などから見て、仕事が原因で発症したと認められるもの |
「災害性の原因による腰痛」の具体例
入浴介助中に、利用者が滑って転倒しそうになり、抱きかかえて支えた際に腰に強い衝撃を受け、腰痛になった。
「災害性の原因によらない腰痛」の認定要件と腰痛の具体例
毎日、複数回の移乗介助をおこなうことで、腰に負担がかかり、慢性的な腰痛になった
もともとヘルニアの既往歴があり、業務により再発や重症化した場合、悪化する前の状態に回復させるための治療は労災補償の対象です。
労災認定の手続きは医師の診断のほか、どのような状況で発症したかがポイントになります。痛みを感じた時期や業務内容を書き留めておくと、手続きの際にスムーズです。
まとめ
腰痛は、放っておくと腰椎椎間板ヘルニアの発症に繋がります。介護業務は身体を使うため、腰を痛める原因が多く潜んでいるといえるでしょう。
ヘルニアの予防策は、ボディメカニクスを実践したり、日ごろから筋力アップを図ったりするなど、さまざまな方法があります。
介護職員として元気に働くには、継続的な予防や他の介護職員との連携が大切です。
病院でヘルニアと診断されたら、ためらわず職場に伝えましょう。業務の見直しをしたり周囲からのフォローを得たりできれば、ヘルニアでも介護職を続けられます。
もし「今の職場では働けないかも…」と感じたら、転職のプロに相談するのがおすすめです。
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この記事を書いたのは・・・
佐藤 恵美/Webライター
保有資格:介護福祉士/社会福祉士
回復期リハビリ病棟で7年勤務したのち、社会福祉士を取得し、
生活相談員を経験。現在はフリーのWebライターとして活動中。