介護の仕事をしているとさまざまなヒヤリハットに遭遇します。
歩行中に転倒しそうになった、別の方の食事を提供しそうになったなど、挙げてしまうとキリがありません。そういった事例を報告せず、放置してしまうと重大な事故につながってしまうことも。
ミスや事故を未然に防ぐためにも、介護現場で起こりやすいヒヤリハットを把握しておきましょうう。
そこで今回は、ヒヤリハットが起こる原因や業務中に経験するかもしれない事例、見聞きした後に作成する報告書の書き方を元医療安全委員が解説します。
この記事の内容
介護業務でのヒヤリハットとは?
ここでは介護業務の中で発生するヒヤリハットの定義や、ヒヤリハットと関連性の高いハインリッヒの法則について解説していきます。
ヒヤリハットの定義
ヒヤリハットとは、事故に至らずに済んだことでも「危ない!」と感じた事象のことです。
思いがけない出来事に「ヒヤリ」としたり、事故が起こる前に「ハッ」としたりすることが名前の由来とされています。
ヒヤリハットは、介護業務の中で発生しうる事故や災害に対して対策を立てる貴重な情報であり、リスクマネジメントをする上で多くの病院・施設が事例を集める取り組みを行なっています。
しかし、ヒヤリハットの報告書を作成する上で、なぜヒヤリハットの事象を集めなければならないのか疑問に感じる方もいるかもしれません。ヒヤリハットを正しく理解するためにも、ハインリッヒの法則を知っておくとよいでしょう。
ハインリッヒの法則
ハインリッヒの法則とは、アメリカの損害 ソンが保険会社の安全技師であったハインリッヒが提唱した労働災害の法則です。1件の死亡事故や大ケガなどの事故があったとして、その裏には29件の軽症事故と300件の無傷害事故が隠れていると指摘しています。
比率が重要なのではありません。重大事故の背景には数多くの危険因子が存在し、ヒヤリハットなどの事象を把握することで、的確な対策を打つことが重要なのです。
介護業務中にヒヤリハットが起こる5つの原因
介護業務中にヒヤリハットが起こる原因として以下の5つのものが考えられます。
- 焦りや気の緩みがあるため
- 疲労が溜まっているため
- 知識や技術が不足しているため
- 情報共有が徹底されていないため
- 5Sが徹底されていないため
どれも重要な要素のため、一つずつ確認していきましょう。
焦りや気の緩みがあるため
ヒヤリハットは焦りや気の緩みが原因で起こることがあります。
- 怒られるのを恐れ、周りに確認せずに独断で業務を行おうとする
- 慣れた業務が増え、手順を確認せずに業務にあたる
このような経験は誰でもしたことがあるのではないでしょうか。
新人スタッフだけでなく、ベテランスタッフにもヒヤリハットが起こる可能性があるのです。
疲労が溜まっているため
連日の勤務や夜勤で疲労が溜まっている状況でも、ヒヤリハットは生じやすいです。いつもは名前を確認してから食事を配膳しているにもかかわらず、注意が散漫となり、確認せずに別の方の食事を配膳してしまうなどが考えられます。
一見すると疲れているかわからない場合もあり、周りが気づきづらい点もヒヤリハットにつながりやすい要因なのかもしれません。
知識や技術が不足しているため
介護業界での経験が浅く、知識や技術が不足している場合でもヒヤリハットは生じます。ベテランスタッフが経験則で回避できる事故も、新人スタッフでは気付けない場合があります。
スタッフが少なく、車いすへの移乗が大変な方に対応しなければならないなど、自身がない介助に一人で臨まなければならない状況で発生しやすいです。
情報共有が徹底されていないため
ヒヤリハットは情報共有が徹底されていない状況でも発生します。食事介助をしていてむせ込んだ、トイレでズボンを下ろそうとしたらふらついたなど、「ヒヤリ」「ハッ」とした事象を共有しなければ再び同じことが起こりかねません。
介護業務中に経験したヒヤリハットは、業務を入れ替える時間帯などで申し送るとよいでしょう。具体的な申し送りの方法に関しては以下の記事で詳しく解説しています。気になる方は合わせて確認してみてください。
5Sが徹底されていないため
5Sが徹底されていない職場ほどヒヤリハットは起こりやすいです。
- 整理
- 整頓
- 清掃
- 清潔
- しつけ
これらの頭文字のSを取って 5S と呼ばれます。廊下に車いすが煩雑に置かれ、水滴が床に落ちている状態では、いくら健康な方とはいえ転んでしまうかもしれません。
介護職員が対応するご高齢の方は、目が見えづらい・耳が聞こえづらいなど、さまざまな障害を持っています。その状態を考慮しつつ、整理整頓を徹底できる教育をしていかなければ、事故を未然に防ぐことはできないでしょう。
介護業務中に経験するヒヤリハット7事例
では、介護業務中に経験することが多いヒヤリハットはどのようなものがあるでしょうか。介助方法や状況別に、7つの事例をご紹介しますのでご確認ください。
【移動介助編】廊下歩行時に転倒しかけた
自室からトイレや食堂へ移動する際、歩行介助をする場面は多くあります。片手で杖をつき、もう片方の手を介助して歩いていても、不意にふらつくことはよくあることです。
手を引き、体を支えられたから転倒せずに済んだものの、また同じことが起こる可能性は十分にあります。介助方法が適切だったか、今の体の状態に杖の使用は適しているのかなど、ふらついて「ヒヤリ」とした時に分析できると転倒を未然に防ぐことができるでしょう。
【移乗介助編】車いすへの移乗時にベッドからずり落ちそうになる
食事の時間などでベッドから車いすへ移乗する際にもヒヤリハットが起こることがあります。特に起き上がりが自分でできない、手すりを持っていても座っている姿勢が保てない方は要注意です。
靴を履いてもらおうとして体から手と目を離した時に、ベッドからずり落ちそうになったり、後ろに倒れそうになったりします。ずり落ちやバランスを崩すリスクが高い場合は、先輩スタッフなどにお願いして2人介助で対応するとよいでしょう。他のスタッフに遠慮をして無理に介助をしようとする時に限って事故は発生します。
もし移乗介助に自信がない方は、以下の記事もあわせてご確認ください。
【トイレ編】ズボンを下ろす時にバランスを崩しかけた
トイレ動作を介助する際、手すりを持っていないと立っていられないという方は少なくありません。
便座に座る前には必ずズボンを下さなければならず、両手でズボンを下ろそうとした時にバランスを崩しかけることが非常に多いです。
片手で手すりを持っていただくか、介助者がズボンを下ろすのを介助するか、立っている姿勢が安定するような環境を整えるように心がけましょう。
ただし、手すりを両手で持っていたとしても立っている姿勢を保てない方もいるでしょう。その場合は、無理に一人で対応しようとせず、2人介助での対応をおすすめします。体を支えてもらう程度ならそこまで時間を取らないため、人を呼んで介助を手伝ってもらいましょう。
トイレ内での介助はズボンを下ろす動作以外も多くあります。排泄介助についてより詳しく知りたい方は、下記の記事もご確認ください。
【食事編】配膳時に食形態が間違っていることに気づいた
食事を提供する際にもヒヤリハットは発生します。その中でも報告を受けるのが配膳する食事の食形態を間違っていた、別の方の食事を配膳してしまったなどです。
配膳した直後に気付けばヒヤリハットで済みますが、被介助者が誤ったものを食べてしまうとインシデント、場合によってはアクシデントで報告しなければなりません。
食事を用意する段階で誤った食形態で作られているケースもあります。配膳時には献立や食形態が書かれている食札(しょくさつ)を読み上げ、正しい食形態で用意されているかご本人や他スタッフとも確認しましょう。
また、別の方の食事を配膳してしまうこともあります。こちらも食札を確認すればご本人の名前が記載されている場合が多いため、配膳前に確認するようにしましょう。
食事介助時の注意点は配膳時の場面以外にもあります。以下の記事で食事介助の手順やむせ込まないための注意点を紹介していますので、気になる方はチェックしてみてください。
【服薬編】他の方に提供する薬を渡しそうになった
食事のタイミングで服用する内服薬の受け渡し時にもヒヤリハットが起こる可能性があります。それが、他の方に提供するはずの薬を渡しそうになってしまった事例です。
薬が入っている袋には氏名が書かれていますが、似た氏名の方がいる場合、誤って薬を提供してしまうことがあります。症状をコントロールする重要な薬などを誤って服用させた、薬を飲まずに長時間過ごしてしまった場合などは、重大な事故事例になってしまう可能性もあるのです。
指差し確認や名前を読み上げて薬を渡すなど、適切な手順を踏んで提供するように心がけましょう。
【入浴編】湯船から上がった後にめまいが見られた
入浴介助中に湯船から上がった後、めまいが見られるケースもあります。その場合はイスに座っていただき、休憩した後に着替えなどをするようにしましょう。
めまいを引き起こす原因はいくつか考えられますが、湯船から上がる時に急激な血流の変化によってめまいが生じることがあります。足にかけ湯をしてから全身の血流を緩やかに上げ、ゆっくり入浴するとめまいを少なくできるでしょう。
入浴介助に関しては下記の記事で詳しく説明しています。
【着替え編】立ったまま靴下を履こうとしている場を見かけた
立ったまま靴下の脱ぎはきをしようとすると、ご高齢の方はバランスを崩しやすいです。その場で転倒してしまい、最悪の場合は足の骨折につながりかねません。
もし立ったまま靴下やズボンを脱ぎはきしようとしている現場を見かけたら、まずは座っていただくように伝えましょう。もし手が届かずうまくできない場合は、サポートしてあげてください。
【就寝編】見回り中にベッド上で立っている方を発見した
筆者が実際の現場に遭遇したわけではありませんが、夜間の見回り時にベッドの上に立っていた方を発見したスタッフがいました。
精神的な問題があったのか、何か取りたくてベッドの上に乗ったのか、動機はその方によってさまざまです。しかし、ベッド上は大変不安定なため放置してしまうと転倒や転落の危険性が高まります。状況を確認しつつ、落ち着いて座っていただくように対応しましょう。
介護士の夜勤ではさまざまな状況に対応しなければなりません。もし具体的な仕事内容を知りたい方は、以下の記事も合わせて確認してみてください。
介護現場でヒヤリハットを報告した方がよい理由
介護現場で起こりうるヒヤリハットの事例を紹介してきましたが、ヒヤリハットを報告した方がよい理由についても解説していきます。
重大事故を未然に防げる
無傷害事故であるヒヤリハットの段階で対応できれば、その先に起こるかもしれない重大事故を未然に防げます。
つまり、ヒヤリハットの報告をせず「まあいいか」と放置してしまうと、重大事故を防ぐチャンスを逃してしまうことになるのです。
自身のミスの軽減につながる
ヒヤリハットの報告を積み重ねることで、自身のミスの軽減にもつながります。引いては他の方のミスを防ぐことにもつながるため、ヒヤリハットの報告は上長に確認した上で積極的に行うとよいでしょう。
ヒヤリハット報告書の書き方
ヒヤリハットを報告した方がよい理由も確認した上で、ヒヤリハット報告書の書き方も紹介していきます。
発生当日に報告する
ヒヤリハット報告書は、必ず発生当日に作成するようにしましょう。翌日以降に報告書を作成すると記憶があいまいになってしまい、正確な状況報告が行えません。
適切な対策を考えるためにも、できれば発生直後に報告書を作成するようにしてください。すぐには作成できない場合もあると思いますが、メモを取るなどして当日中に報告をあげられるようにしましょう。
5W1Hで記入する
ヒヤリハット報告書を作成する際には、5W1Hを意識して記載します。
- When:いつ
- Where:どこで
- Who:誰が
- Why:なぜ
- What:なにをした
- How:どのように
これらの項目は報告書に記載されている場合がほとんどです。書式に沿って記載し、どのような状況でヒヤリハットが発生したのか誰でもわかるように記載しましょう。
フォーマットで記入例を確認
職場によってヒヤリハット報告書のフォーマットに違いはありますが、5W1Hの項目を埋めつつ、記入例を確認しながら記載してください。
フォーマットによっては状況をわかりやすく報告するために絵を書く場合もあります。状況をよりわかりやすくを把握するためにも、記入例をもとに記載してみましょう。
厚生労働省が提供している「ヒヤリ・ハット報告書」を参考に、自身の職場にあった形に調整をしてみてください。
介護現場のヒヤリハットに関するQ&A
最後に、介護現場のヒヤリハットに関するQ&Aをご紹介します。
ヒヤリハットと事故の違いは?
ヒヤリハットは事故が起こる前の無傷害事故を指します。そのため、なんらかの悪影響が対象者に及んでしまった場合は事故(インシデント・アクシデント)として報告しなければなりません。
ヒヤリハットとインシデントは混同して考えられがちですが、線引きをした上で報告をするようにしましょう。
ヒヤリハットを報告して損をすることはない?
ヒヤリハット報告書は反省文ではありません。介護現場で業務に当たっている中で「ヒヤリ」や「ハッ」とした事象を報告するものであり、今後起こり得る事故やミスの対策を事前に考えられるきっかけとなるものです。
人事考課などにプラスで反映されないかもしれませんが、少なくともマイナス評価されるべきものではありません。
まとめ|介護業務中のヒヤリハット事例を把握し、事故を防げるようになろう!
今回は、ヒヤリハットが起こる原因や業務中に経験する具体的な事例、見聞きした後に作成する報告書の書き方について解説しました。
ヒヤリハットは新人スタッフだけでなく、経験豊かなベテランスタッフにも起こり得ます。疲労や気の緩み、情報共有の不足など、さまざまな要因によって引き起こされるため、具体的な事例を把握しつつ事故を予防するように努めましょう。
もしヒヤリハットの現場に遭遇した場合、ぜひ記憶が鮮明なうちに報告書を作成してください。あなたが分析し、作成した報告書によって今後起こったかもしれない重大事故を防げるかもしれませんよ。
この記事を書いたのは・・・
梶原 たくま/Webライター
保有資格:理学療法士
2014年に理学療法士免許取得。生活期の病院に勤務し、入院・外来・予防・通所・訪問リハビリテーションに従事。現在は訪問看護ステーションと医療系出版社に所属しつつ、ライター活動を行っている。