認知症予防に携わるなかで「進行をただ見守るだけなのがつらい」「介護職員としてなにかできないか」と悩む場面は少なくありません。認知症は一般的に緩やかに進行していきます。物忘れが目立つ「初期」から、混乱や不安により行動・心理症状(BPSD)が現れやすい「中期」、身体機能が低下する「末期」へと進みます。
介護職員が目指すのは、完全に進行を止めることではなく、適切な予防的アプローチによって「今のその人らしさ」が保たれる期間を少しでも長く延ばすことです。本記事では、WHO(世界保健機関)が提唱するガイドラインをもとに、認知症予防の原則や具体的な取り組み事例、現場で実践できるポイントを解説します。
この記事の内容
認知症予防の原則
認知症予防については、WHO(世界保健機関)が2019年に公表した「認知機能低下および認知症のリスク低減ガイドライン」において、身体活動や社会活動など12項目について、エビデンスに基づく推奨が示されています。
| 身体活動による介入 | 体重管理 |
| 禁煙による介入 | 高血圧の管理 |
| 栄養的介入 | 糖尿病の管理 |
| アルコール使用障害への介入 | 脂質異常症の管理 |
| 認知的介入 | うつ病への対応 |
| 社会活動 | 難聴の管理 |
出典:WHO(世界保健機関)「認知機能低下および認知症のリスク低減ガイドライン」
あわせて、公益財団法人認知症予防財団による「認知症予防の10ヶ条」も、日常生活における重要な指針です。

認知症を予防する取り組み事例3選
本章では、WHOガイドラインの項目を以下の3つに整理し、それぞれの考え方と現場での実践事例をあわせて紹介します。
- 社会的なつながりと知的刺激
- 持病と心身機能の管理
- 生活習慣の改善
社会的なつながりと知的刺激
WHOガイドラインでは、社会活動への参加と認知的介入(脳への刺激)が項目として挙げられています。社会参加そのものによる直接的な予防効果については、エビデンスはまだ発展途上ですが、孤立防止や幸福感の向上のために生涯を通じて支援すべきとされています。
一方、計算やゲームなどの認知トレーニングは、リスク低減のために「おこなってもよい」と推奨されています。介護現場においては、ただレクリエーションを提供するだけでなく、ご利用者様一人ひとりが役割や居場所を実感できる機会をつくることが専門職としての腕の見せ所です。
役割の創出により意欲と身体機能が向上した事例
介護施設に入所した80代の女性は、入所当初「やることがない」と日中は居室で臥床し、活動への意欲がみられませんでした。しかし夕食後になると「私は何をすればいいの?」と職員の後をついて歩き、転倒のリスクや他の方の居室への立ち入りが課題となっていました。日中の活動不足により、認知機能と身体機能は共に低下傾向にありました。
そこで、若い頃に専業主婦として3人の子どもを育て上げたという背景をふまえ、夕食後のテーブル拭きやエプロンの水洗いなどを、お手伝いとして依頼しました。すると夕食後の不穏はなくなり、作業後は「これでいいわね」と満足して居室に戻るようになったのです。さらに日中も、リハビリスタッフが窓拭きなどの「役割」を依頼することで、生活リハビリとしての運動量も増加しました。
この事例は、認知症予防の10ヶ条の「興味と好奇心をもつように」「くよくよしないで明るい気分で生活を」を体現したものです。本人の誇りや役割を尊重することが、社会的なつながりを再構築し、効果的な予防につながります。
持病と心身機能の管理
視力・聴力のサポートや心のケアも大切な要素です。脳血管の状態を良好に保ち、認知機能の低下を防ぐことにつながります。
とくに、難聴は外からの刺激を遮断し、社会的な孤立を招きやすいため、補聴器を活用するなど「脳への刺激」を途切れさせない工夫が大切です。介護現場では、ご利用者様の聞こえにくさが認知症の症状と混同されることも少なくありません。心身の機能を整え、外とのつながりを保つことは、活動意欲の低下やうつ状態の予防に直結します。
難聴へのアプローチによって行動・心理症状が緩和した事例
軽度のアルツハイマー型認知症があるBさんは、耳が聞こえにくく、職員の声かけに対して噛み合わない返答をすることが多くありました。就寝介助の際に「休みましょう」と伝えても「お風呂に行くの?」と返ってきます。意思疎通のズレから不安が強まり「どうすればいいの?」と大声を出すことが増えていました。
スタッフ間では「指示が伝わらない方」と認識されていましたが、筆談では問題なく意思疎通できたため、聴力の低下が不安を助長しているという仮説を立てました。ご家族とも相談し、補聴器を導入したところ、会話がスムーズになり、不安からくる不穏な言動が明らかに減少したのです。
この事例は、認知症予防の10ヶ条の「目や耳など五感を大切に」を体現したものです。聞こえをサポートすることは、誤認による不安やパニックを未然に防ぎ、認知症にともなう行動・心理症状の予防に大きな効果を発揮します。
生活習慣の改善
WHOガイドラインでは、身体活動や栄養管理、嗜好品のコントロールが推奨項目として挙げられています。なかでも身体活動は、脳の血流を促し認知機能の低下を抑える効果が期待されています。運動と聞くと特別なトレーニングをイメージしがちですが、トイレに座る、立ち上がるといった日常のひとつひとつの動作も、立派な身体活動(生活リハビリ)です。
介護現場では、生活のなかでご利用者様の身体機能をできる限り活かしながら、規則正しい生活リズムを整えることが大切です。それが不快感の解消や穏やかな毎日の維持につながり、認知症予防への確かな一歩となります。
トイレ誘導の習慣化によりろう便が減少した事例
重度のアルツハイマー型認知症があるCさんは、下肢筋力の低下により車椅子を使用し、排泄もベッド上でおこなう全介助の状態でした。排便後に便を触ってしまう「ろう便」がみられ、本人・職員ともに大きな負担となっていました。
そこで、排便が出やすい朝食後に2名体制でトイレへ誘導する取り組みを開始しました。定期的に便座に座る習慣を作ったことで、自力排便の機会が増え、ろう便の頻度が半分以下に減少したのです。
この事例は、認知症予防の10ヶ条の「転倒に気をつけよう」「規則正しい生活を」にあるような、身体の安全とリズムを守る姿勢に通じます。便座に座り、排泄するという「人間らしい生活習慣」を取り戻すことは、残存機能の維持と、不快感からくる行動・心理症状の軽減につながります。
■参考
・WHO「認知機能低下および認知症のリスク低減WHOガイドライン P14」
・公益財団法人認知症予防財団「認知症予防の10カ条」
なぜ介護職員に認知症予防の視点が必要なのか
介護職員が認知症予防の視点を持つことは、ご利用者様の機能維持以上の大きな意義があります。それは、症状への対処にとどまらず、ご本人の意思や尊厳を尊重する本人中心のケアを実現するためです。予防的な関わりによって「その人らしさ」が保たれれば、ご利用者様はいきいきとした生活を続けられます。
さらに、進行を穏やかにし行動・心理症状を未然に防ぐことは、結果として介護職員の精神的・肉体的な負担を減らします。ご利用者様の状態が安定すればケアの質が向上し、ご家族の安心や職員のやりがい、良好な職場環境の構築にもつながっていくでしょう。
介護職員として認知症予防に明日から取り組めること
介護職員が明日からすぐに実践できる認知症予防のアプローチとして、まずは個人で日々のコミュニケーションを見直すことが挙げられます。大切なのは、受容と傾聴です。認知症ケアに関して、多くのアプローチが提唱されていますが、どのアプローチにも共通する原則は、認知症であってもご利用者様を人生の先輩として尊重し、否定や無視、子ども扱いなどは避けることです。事実と異なる訴えがあっても、まずは否定せずに耳を傾ける姿勢が安心感につながります。
また、表情やしぐさをよく観察し、不安や不快感の理由を探りながら気持ちに寄り添うことも重要です。さらに、周囲が勝手に物事を決めず、ご本人の意思を確認して自己決定を支える関わりを意識しましょう。こうした尊重の積み重ねが、ご本人の意欲を引き出し、進行を遅らせる力となります。
認知症予防にチームで取り組むためのポイント
認知症予防は、一人のスタッフの頑張りだけで実現できるものではありません。チーム全体で情報を共有し、多職種が連携する体制づくりが必要です。
「報告・連絡・相談」を徹底する
ケアがうまくいかない場面こそ、一人で抱え込まずチームで協力し合う姿勢が重要です。誰か一人が上手に対応できていても、スタッフ間で対応が統一されていなければ、継続的な予防にはつながりません。日頃からご利用者様の小さな変化を観察し、ポジティブな情報も含めて「報告・連絡・相談」を徹底しましょう。スタッフ全員が共通の目的意識を持つことで、予防の取り組みは、はじめて現場に定着します。
他職種がそれぞれの専門性を活かす
認知症予防には、介護職員による生活支援に加え、リハビリ専門職による身体アプローチや管理栄養士による栄養管理など、幅広い視点が必要です。他職種の役割を互いに理解し、専門性を最大限に活かし合うことが認知症予防をチームで実現する鍵となります。
なお、今の職場では人手不足や周囲の理解不足により、理想とする認知症ケアの実践が難しいと感じることもあるかもしれません。ケアの質を追求できる環境を探すなら、介護職員に特化した転職支援サイト「介護転職のミカタ」に相談してみるのも一つの選択肢です。専門のスタッフが、あなたの想いを大切にできる職場探しをサポートします。
よくある質問
認知症の予防をする意味はありますか?
認知症は一般的に進行を完全に止めることは困難ですが、適切なアプローチで進行を遅らせることは可能です。また、原因によっては治療で改善するケースもあります。介護職員の大切な役割は、日々のケアを通じて進行を緩やかにし、ご利用者様が安心して自分らしく過ごせる期間を、少しでも長く延ばせるよう支援することにあります。
認知症を予防するためのレクリエーションで取り入れられるゲームやトレーニングはありますか?
計算やゲームなどの認知トレーニングは、認知症の進行リスク低減に有効とされています。具体的には、しりとりやパズル、計算ドリル、運動などがあります。ポイントは、ご利用者様にとって難しすぎず、楽しみながら取り組める内容を選び、前向きな気持ちで継続できるよう工夫することです。筆者の経験では、左右で違う動きをする指の体操や、ボールに意識を集中させる集中する風船バレーはご利用者様から好評でした。
認知症予防につながる食べ物や飲み物はありますか?
青魚(DHA・EPA)やコーヒー、緑茶などが予防に良い可能性が示されています。食事全体では「地中海食」のようなバランスの良いパターンが推奨されますが、WHOはサプリメントのみによる予防は推奨していません。現場では独断で進めず、ご本人やご家族の意向を汲み、管理栄養士や看護師などの専門職と相談しながら進めることが大切です。
まとめ
認知症予防は、進行を完全に止めることではなく、「その人らしさ」が保たれる時間を少しでも長く延ばすことです。日々のコミュニケーションや生活リハビリ、チームでの情報共有など、介護職員にできることは数多くあります。
認知症予防に本気で向き合いたいなら、職場環境も大切な要素のひとつです。「もっとケアの質を追求したい」と感じたら、介護職員に特化した転職支援サイト「介護転職のミカタ」にご相談ください。専門のコンサルタントが、あなたの想いに寄り添った職場探しをサポートします。
この記事を書いたのは・・・

織田さとる/Webライター
保有資格:ケアマネジャー/社会福祉士/介護福祉士/公認心理師
介護業界で22年の経験をもつ、特別養護老人ホームの現役ケアマネジャー兼生活相談員。介護職員・ケアマネジャー・生活相談員としての経験をもとにわかりやすい記事を執筆します。
